えとらんぜ

えとらんぜVOL.10『真田幸村って誰だ』

えとらんぜ ぶっちゃけた話、私は今日まで真田幸村を知らなかった。  
昼間のバラエティ番組のクイズのコーナーを、見るともなしにぼーっと眺めていた時のことだった。有名な人物を先祖に持つ一般の人が登場してきて、その先祖の名前を出演者一同が当てるというコーナーである。見ていた人も多かろう。先に解答を知らされた観覧客たちは、一斉にほぉーっと感嘆の声を上げる。家系図などが披露された後、アホみたいなヒントが出され、ほとんどの回答者は正解した。その答が「真田幸村」。
誰なんだそれは。
たとえ、あの観客の感嘆の声や出演者の正解がお約束だったとしても、そもそも昼間のバラエティー番組で扱われる問題である。ということはそれが一般的な常識であるということだ。
その問題に、私は答えられないどころか、答を聞かされても、そんな人物の名は聞いた覚えすらないのである。
真田幸村。戦国時代、信州上田の大名だった父昌幸の次男。関ヶ原の戦い以降は父とともに久能山に幽閉されていたが脱出。大阪冬の陣、夏の陣では豊臣方の武将として大活躍するも、討死。その伝説的な戦い方が高く評価される一流の軍師。
ざっと教えてくれた男友達に、「しょうがないよ。女は歴史に弱いからねぇ」と慰められた。さっそく、母に電話してみる。
「真田幸村について聞きたいんだけど」
「戦国時代の人だっけ」
次に幼なじみに電話する。
「ごめん、歴史って苦手なんだ」
知っているじゃないか。常から歴史に弱かった彼女らも、少なくとも、かの人が「歴史上の人物」であることだけはちゃんと知っているのだ。
このショックに端を発し、次から次へと女友達に電話をかけまくり聞きまくり、結果、ショックを受けまくったのだったが、意外にも、大学時代に秀才だった友人N美には救われた。
「真田幸村って聞き覚えある?」
「あ、サークルにいたよね確か」
仲間だ。
かくしてその後、もうひとり後輩のK子が加わり、二人の仲間を得た私は少しだけ慰められたのだった。
先日、私とK子は深夜のファミレスで、自分達の程度を自覚するべく、知っている日本史用語を五十音順に並べていた。
「ア」
「あさのたくみのかみ?」
「イ」
「いいなおすけ…っていたよね?」
「ウ」
「…うえののさいごうどん」
「それアリ?」
「じゃ、右大臣。エは?」
「越後屋」
「じゃあ、オは…」
「お代官さま」
万事がこの調子なのだ。年代もカテゴリーもばらばら。因みに、カは「隠れキリシタン」、セは「千両箱」。「鎌倉幕府」とか「関ヶ原の戦い」がすぐに出てこないのだ。「ちょんまげ」「ハラキリ」なんてのは言わずもがなである。あまりに情けないので、これは一策を講ずる必要があるということに。
そこで、この度『サル並歴史研究会(SRK)』を発足することにした。とりあえずは、少しは分かっている「忠臣蔵」を、年末までに完璧に理解し、三人で忠臣蔵ごっこが出来るようになることを目標としている。   
こんなところで、歴史オンチを暴露してしまったからには、もう逃げも隠れもしないのだ。
サル研入会希望者、随時募集中。


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